文明の利器
この世の中には、モノはあふれています。確かに便利ですし、お金を出せば手に入るモノばかり
僕はTVが無かった頃の時代の人間ではないので、もう、今の暮らしが当たり前で、
TVが無くては生きていけないと、そう言ってもけして大袈裟ではなく、どっぷりぬるま湯につかって生きています。
そりゃそうだよ、モノを利用したほうが便利だもん。当然の話。
電車で1時間のところを、そこをあえて、わけのわからない意地を張って、歩いて行こうとするわけが無い。
でも、なぜか怖いのです。次々とモノが生まれることに対して。
世の中が進歩する度に、人の心は退化していくように思う時がある。それはなんでだろう??自分でも確信はないが…
無理やりかもしれないが、結びつけてしまう事が多々あって。
例えば、昔、友人がバイクの事故で死んだ。バイクというものが開発されなければ死なずにすんだのか・・?
こないだのJR西日本の列車事故だって、電車なんてものがこの世に生まれたから、犠牲になった人が出た。
インターネットが普及する前は、ネット犯罪なんてものはなかっただろーし、
何かが新しくこの世にできる度に、それに伴ったリスクは必ず生まれる
もちろん偶然にも被害者にならずにすんでいる大半の人達は、そのリスクなんて比較の対象にならないくらいの快適さ
裕福さを手にいれているわけですよね。
多数決ということなんですかね?痛みを背負う人がほんの少数いても、幸せになる人が多ければ万事OK。そーゆー事?
モノではなく『言葉』ということでも同じ事が言える気がします。言葉というものがなければ、
主張することなく 対立もなく イジメや喧嘩もせずに人々は暮らしていけるのでしょうか…  とフト思う。
それでも言葉がまだ無かった時代にだって、おそらく争いごとはあったでしょう。
まぁ、言葉はモノと違って表現方法のひとつですからね。
言葉がなくても、それに変わったなにかを伝える術はあったんでしょうけど。
…あ、さっきの現代によるモノの話で、交通機関の進歩により、搬送手段が円滑になり重体患者が助かった!
みたいな話はあるのか・・・、そーだな、そりゃ文明の利器の勝利だな。
やはりプラスな事の方が明らかに大きいんだろうか?
PC(ネット)だって、生きていく秘訣みたいなものはいくらでも教えてくれるし、趣味や生き甲斐を探し出してくれて
大勢の人の心の糧にもなってますね。メールだからこそ、本心が言えて、
とても素晴らしい人間関係を築けたみたいに利点はたくさんある筈ですね。
あ、でも、僕はあれイライラするんですよ。電話で1分で済むような待ち合わせとかの内容を、
メールでお互いに2〜3回くらい、往復でやりとりすんの。メールに依存しずぎじゃん、それって、
まぁ、お互い電話できないところでのやりとりならわかりますが、あと恋愛的な事とかね…
っと話は脱線しましたが、たまにそんな事を考えてしまうだけです。あまり深い話ではありません、ゴメンナサイ。

僕もモノを作るのが実はとても好きなので、時折、作ってる最中、これを完成させたことによって

誰かに迷惑をかけてないかとか、そんな事が頭をよぎる瞬間があって。
今日も 明日も 明後日も 例え自分の中だけだとしても、生きてる限りひとつでも多くのモノを作っていくつもり。